あえて情報を遮断するということ
毎日勉強する内容さえ決めてしまえば、あとはただひたすらにそれを繰り返すことが物事の習得における重要な要素の一つであるように思う。
今は情報過多な時代になっているから、色んな成功体験にすぐにアクセスすることができるし、自分に合う方法をすぐに見つけられて、そういう側面から見ればあまり不自由はしないのかもしれない。
でも、物事をある程度の期間継続させるには、自分で考えて計画して、納得できるものでない限り、それを継続させるのは難しいと思う。
例えば、ある人が音読などの音声トレーニングを一切せず、発音のこともほとんど気にせず、リスニングの音源だけ聞いてリスニング満点とりました!という結果がどこかのサイトで載っていたとする。
それは事実かもしれない。
でも、発音も意識して、音声トレーニングを中心に学習してきた人がそれを見習ってその学習法を続けられるだろうか?
ほとんどの場合、最後まで続かないと思う。
よっぽど緊急を要しない限り、
結局は自分が納得できる方法でこなして継続していけばいいんだなと思う。
楽しみながら上達というのはあながち間違いないことなのだろうと思うが、その中にも少なからず苦しみは生じると思う。
物事の体得の感覚そのもの自体については、どこの本にも載っていない。
苦しい状況を乗り越える練習をしなければ上達しないが、睡眠時間を減らすのも良案ではない。
となると、日々の時間で意識的に時間を作るしかない。
正直、苦しいという現実に直面している最中が1番実力が伸びる時だと感じる。マラソンだって、筋トレだって、そうじゃないか?筋肉だって使うほど強固になるし、思考力だって、考えて考えて考えまくれば伸びると思わないか?
感情をなくすことはできないけど、感情だけに自分の意思を操られると思い描いてることを達成できないと思う。
何を得たいか?
何をしたいか?
何を目標としているのか?
ということで、やると決めたことを今日もきっちりこなしていきます。
yun